沖縄は何と闘っているのか ~命(ぬち)どぅ宝の意味~

2016年4月9日 22時51分 | カテゴリー: 活動報告

県央ブロックでは、平良愛香氏(沖縄出身、三・一教会牧師)を迎えて学習会を行いました。
DSC_0029[1]私たちが呼ぶ「沖縄」とは、どの範囲を指しているのか。九州島と台湾島の間188島が琉球列島、その中の与論島から南が沖縄県であり、さらに沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島などが含まれ、それぞれが別の歴史・文化を持っています。厳密に「沖縄」といえば、沖縄島を指すのだそうです。このことにも意味があります。沖縄島が他の島を支配してきた歴史があるからです。

沖縄の歴史は、近隣国との関係の歴史でもあります。17世紀には薩摩が琉球侵略、江戸時代の鎖国時にも幕府公認で中国との貿易窓口だった。明治になると琉球王国から、まず琉球藩にし、その後沖縄県へ「琉球処分」。その後は、日本国民への同化政策によって琉球方言の禁止、ついに「日本の捨て石」となった沖縄戦へと続いていきます。終戦後1952年、米国の占領から日本が独立する時には沖縄を切り捨てた「第2次琉球処分」。そして1972年、米軍基地はそのままで日本に「復帰」、これを「第3次琉球処分」という人もいます。沖縄の人たちは、日本に「復帰」したいという意識ではなく、憲法9条を持つ日本と一緒になれば、基地もなくなり、戦争に加担しないでよくなるという思いだったのに裏切られたという心情だったということです。

このような歴史は日本が沖縄を「差別的に」植民地として見ていることを現しています。遠い島、歴史や文化が違う島として、日本は、沖縄を都合よく使える所として利用してきたのです。
歴史の中で様々な紛争に巻き込まれてきた沖縄の人たち。被害者になっただけでなく、ベトナム戦争では沖縄の基地から出撃することから、加害者にもされてきました。基地で仕事をする人たちも戦争に加担したくないと思い、仕事を遅らせることで抵抗した、それしかすべがなかった、と。

さて、米軍自らが「世界一危険な基地」とした普天間基地の辺野古への移転。真の理由は、周辺住民が危険だからではなく、住民がいるのが迷惑なので移転したい、また基地の老朽化が進んでおり、特にベトナム戦争時の枯葉剤の汚染があり、米軍兵士にも影響が出ていることから、新しい場所に移転したいということだそうです。汚染の除去は、返還されても米軍の責任ではなく日本の予算で行うことになるそうです。なんと米国優位でしょうか。日本は加えて「思いやり予算」を年間約2000億円も出しているのです。

阿波根昌鴻さんのことを書いた絵本

阿波根昌鴻さんのことを書いた絵本

伊江島で活動した阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)さんは、戦争を止めるために「完全非暴力の戦い」を貫いてきた人です。非暴力で基地を縮小させてきた。それに習い、今、辺野古の反対運動も非暴力で、穏やかに話し合いで解決する闘いを続けています。「剣を持つものは剣で滅びる」。完全非暴力の戦いは、憲法9条の精神に通じます。これが、戦争をなくすための最善の解決策だと学びました。沖縄は何と闘っているのか。平良さんは、「沖縄は大変ですね」と言われるたびに感じる3つのこととして、「どれほどわかって言っているの?」「誰のせいだと思っているの?」「沖縄も大変だけど日本も大変ではないの?」と思うと話されました。他人ごとではなく、私に問いかけられています。

(浜田順子)